禅と武士とスティーブ・ジョブズ
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「禅」とは心を静かに保っている状態を指す言葉であり、禅を通して悟りの境地を目指す仏教の修行の一つです。インド生まれの達磨(だるま)が中国に渡って禅の思想を確立し、奈良時代から平安時代に日本に持ち込まれたとされています。
禅は坐禅と瞑想を持って体現されます。
坐禅
あぐらをかき姿勢を正して精神統一をすること
瞑想
心を静めて無心になること
別の仏教の宗派である浄土宗や日蓮宗が念仏を唱えることで極楽浄土にいけるという教えであるのに対し、臨済宗や曹洞宗の禅を通じて悟りを開く教えは、文字や言葉ではなく禅を通じて自身の心の中で悟りを理解することに重きを置いています。
達磨僧が残した名句として「不立文字」(ふりゅうもんじ)があります。これは悟りは文字や言葉で表すことができないものであるという言葉です。念仏や経典によって教えられるものではなく、禅を実践していく中で体得していくものであるということです。坐禅と瞑想を繰り返し重ね、自問自答を重ねることで悟りの境地に達することができるのです。
禅の修行方法
禅の修行は生活の全てに至ると言われています。大事なのは心のあり方であり、座禅そのものを修行と捉えるのではなく、自分の心と向き合いながら行う全ての行動が修行であるという考え方です。例として代表的な修行生活の一日を具体的に紹介したいと思います。
3時 起床 暁天坐禅(朝の座禅)を40分程度行う 5時 読経 7時 朝食 お粥などの質素な食事 8時 掃除 10時 座禅と読経 12時 中食 麦飯に味噌汁、漬物、おかず一品。支給された食べ物の一部を外に設置された生飯台に置き鳥獣や無縁仏に分け与える。生飯(さば)という作法 13時 掃除と座禅 16時 読経 17時 薬石(しょうじき=夕食) 噌汁、漬物におかずが二品 19時 夜坐 2時間程度の座禅 21時 就寝
禅の修行は座禅をする時間以外の食事や掃除、就寝に至るまで作法があり修行の一部とみなされています。朝から晩まで己の心と向き合い、修行を長い年月繰り返すことで悟りに至るのです。
武士に愛された禅
戦乱の世において武士は常に生きるか死ぬかの戦いの中に身を置いてきました。死が身近にある武士にとって、禅を通して心を整えることは重要なメンタルコントロールの一つでした。戦いに生き残るために日々剣技を磨くのと同時に、己の心の鍛錬として禅の修行を取り入れていました。
禅を愛した戦国武将として有名なのが上杉謙信です。「義」を重んじたことで知られる謙信は若い頃に禅の教育を受けており、武将として活躍していながらも不当な領土侵略はせず、天下への野心も持ち合わせていなかったとされています。
戦乱の世が終わり武士や剣技の需要が少なくなって来た頃には、剣技の中における禅の思想が強調されるようになりました。人を斬るための技術ではなく、剣技を通した心のありかたを重視するようになります。これは剣禅一致の精神と呼ばれ、現代にもある武道としての発展に繋がってきます。
ビジネスマンに愛される現代の禅
時代が大きく変わり武士がいなくなった現代において、禅が改めて注目されてきています。
戦国時代のように領地や命を奪い合うことはなくなりましたが、我々ビジネスマンは資本主義という世界の中で日々心と体を消耗しながら戦い日々を生き抜いています。形は違えどビジネスマンは現代における武士であり、改めて禅が注目されるのは自然の流れだと考えられます。世界的に流行している瞑想やヨガは、禅の精神が現代の人々に受け入れやすく形を変えたものだと捉えられます。
禅に影響を受けた現代の最も有名なビジネスマンは「スティーブ・ジョブズ」ではないでしょうか。
「シンプルであることは、複雑であるより難しい」と語っていたジョブズですが、シンプルで無駄を削ぎ落したデザインと機能を生み出したAppleの製品は禅の思想に大きく影響を受けているとされています。実際にジョブズは乙川弘文を約30年に渡って師と仰ぎ、家を一軒買い与え毎日のように修行に励んだそうです。彼はマーケティングをしないことでも有名で、自問自答するこで本当に必要なものを見極めたのだと言われています。
Googleではマインドフルネスを目的とした「Search Inside Yourself」という禅を通して己と向き合うためのプログラムが存在します。このプログラムの分析では瞑想により離職率の減少や生産性の向上、創造力の向上が科学的にも実証されたそうです。また、Nikeやゴールドマンサックスなどのグローバル企業でも禅を社員のマインドフルネスの目的や研修として取り入れていることが知られています。プログラムでは僧のような厳しい修行を通して禅を実践せずとも、一日数分心を整える時間を設けるだけでも効果は期待できるとされています。
現代に生きる我々も禅を通して今は亡きスティーブジョブズや、かつて戦乱の世に生きた武士の心を覗き見ることができるかもしれません。まずは数分、目を閉じる習慣を作ってみてはいかがでしょうか?